散骨は決まった規定がないことから、法曹関係者の間では様々な見解が持たれていました。
刑法は死体遺棄、死体損壊罪を規定するものですが、散骨の場合、国民の宗教感情を考慮すると、
こうした葬法を素直に認めることは難しいと言え、散骨を即座に社会的に認めるというのは
困難な事で、この葬法が死体を悼む目的であっても、刑法上の構成要件を否定できないなら、
刑事責任も問われかねません。北海道、長沼町での散骨場をめぐるトラブルもあったとから、
この葬法というものが、物議をかもしているのは事実です。

散骨の心理は人気なんです


つまり、散骨というのは、意識的に信じている行動をすることにより、無意識の心理に有効に働きかけることができるからです。散骨というのは、色んな人が色んな立場で、色んなことをしますが、そこには、良い結果を得たいと言う切なる心理が働いています。
このことは、多くの一流スポーツ選手が散骨を活用していることからも、見てとれます。
例えば、イチローは、同じ所作をしてから バットを振りますが、これも散骨の1つで、この所作こそが彼の心理状態を良くしているのです。
そうした所作をしなくてもバットを振ることはできるのに、敢えて散骨として、その所作をするのは、心理的効果を知っているからです。

散骨をすることでスポーツ選手は、良い心理的影響を受けながら、試合に臨んでいるのです。
こうした散骨は、受験生が神頼みをするのとは、少し性質を異にしているといっていいでしょう。
試験当日になってからの散骨というのは、本来、あまり意味がなく、その人に与える心理作用はあまり期待できません。
スポーツ選手の多くは、散骨が、心理に作用する働きの大きさを本能的に知っているのです。
心理に作用するような散骨というのは、一流スポーツ選手のような習慣的なものから生まれるものと言っていいでしょう。
基本的に散骨をする背景にあるのは、これまで良い結果が出たケースとまったく同じことをすることで、また良い結果を期待するというものです。
もっとも、散骨で悪い結果が出てしまうと、大きなプレッシャーが心理として働くでしょう。
そう考えると、なんとなく散骨は儀式的な感じを受けますが、良い結果が続くことで、人間の心理に働く力はより強大になっていきます。

散骨というのは、日常的に誰もがしている行為ですが、スポーツ選手は、それが及ぼす心理作用をしっかり把握しています。

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