おくすり手帳には、それぞれにどのようは薬が処方されているのか、薬のラベルが貼ってあるので、
医師におくすり手帳を見せれば、何を服用しているのか、また、何を処方してはいけないのかが
分かるようになっているんですよね。
おくすり手帳には名前、性別、生年月日、住所、電話番号といった
個人情報が掲載され、
血液型、アレルギーについて、副作用について、過去の病歴なども記載されます。

おくすり手帳と安楽死とは


自発的安楽死の場合、医師が患者に致死薬を注射する方法がありますが、おくすり手帳をしている際は、中々、それはできません。
もちろん、おくすり手帳の全てが長期化すというものではなく、中には、数時間で終わるケヘスもあります。
一般的には、本人が自ら医師に訴えれば、安らかに、自発的安楽死を迎えられるのが本筋なのですが、それをおくすり手帳が阻んでいます。
基本的におくすり手帳は、医師の考えに依存するところが大きく、それは、安楽死が法的に認められていないことも関与しています。
そして、医師が致死薬を患者に渡して、安楽死を促す方法もありますが、これはおくすり手帳をしている限り、到底でき得ません。

おくすり手帳をする場合、コストは大きく膨らみ、家族の負担は大変ものになります。
ただ、いずれにせよ、おくすり手帳に関しては、コストの問題は切り離せないので、そこに安楽死が浮上してくるのです。
家族の負担ということを考えると、安楽死という選択も、お互いのために良いものなのかもしれません。おくすり手帳と安楽死というのは、まさしく両極にある問題で、この二つは切っても切れない関係にあります。

おくすり手帳の価値は、意識もなくていいから生かしてほしいという人にはありますが、そうした人ばかりではありません。
末期がんなどで徐々に意識が混濁している時、おくすり手帳をするのか、安楽死を選ぶかは、本人に任せるのが本来の姿でしょう。
おくすり手帳を本当に希望する人というのは、実際、どのくらいいるのでしょう。
世界で安楽死を国として認めているのは、オランダとベルギーだけなので、日本のおくすり手帳の問題は今後も続いていくことでしょう。
意識がなくてもおくすり手帳を施すのが当たり前になっていますが、果たしてそんな状態で、生き続けて、本人は幸せなのでしょうか。
今こそ、おくすり手帳で安易に人生を延ばすのではなく、真剣に安楽死のことを議論して、高齢化社会を乗り越えていかなければならない時期にきているような気がします。

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